BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)とは? – BNCTの原理と他の治療法との比較【BNCT】

BNCT(ホウ素中性子捕捉療法)という新しい治療法を聞いたことはありますか?
BNCTは放射線治療の一種ですが、従来の放射線治療とは大きく異なる画期的な治療法です。最近では、第4のがん治療法と呼ばれる免疫療法に続く、「第5のがん治療法」としてマスコミに取り上げられることも増えてきたので、徐々に耳にする機会も出てきたのではないでしょうか。

では、いったいどのような治療なのでしょうか?

※「BNCTの過去・現在・未来 – 日本が世界をリードするがん治療」も併せてご覧ください。

まず想像してみてください…

平和な街にある日、住民に紛れてテロリストがやってきました。そしてじわじわとその数を増やしていきます。さて、どうしましょうか?

そこでその国の警察は一つ策を講じました。テロリストは武器を買って家に隠そうとするので、テロリストの購入する武器に「家1つだけを破壊できるだけの小さな爆弾」をこっそりつけておきます。そうすれば、テロリストの家にこっそりと爆弾を仕掛けることができるという寸法です。 ちなみにこの爆弾には起爆装置がついていて、特殊な電波を送ることで爆発させることができます。

そして、その爆弾がテロリストの家にいきわたったタイミングを見計らって、その街だけに特殊な電波を送りテロリストの家だけを見事に破壊することができました。 一般住民は武器を買わないので、一般住民の家が破壊されることはありません。 しかも、この爆弾は家1つだけを破壊する小さなものなので、隣の家を傷つけることすらありません。つまり、テロリストの家だけをピンポイントですべて破壊することに成功した訳です。

…、いかがでしょうか?実は今の例はBNCTの概念そのものなのです。

BNCTの原理

まずは、一般的な小難しい説明をします。

BNCTは「ホウ素に中性子線が当たると、核分裂を起こしα線とLi粒子線が生じる」という性質を利用しています。核分裂というと恐ろしいイメージですが、ここで生じるα線とLi粒子線はともに10µm程度と細胞1つ分にも満たないほどのごく短い距離しか届かない程度のものです。そして、この細胞1つ分の飛程(=α線・Li粒子線が届く距離)というのが最大のポイントになります。つまり、このホウ素をがん細胞に取り込ませて、そこに中性子を当ててやると、細胞1つ分の範囲だけ粒子線( α線・Li粒子線)が生じるので、周りの正常細胞を傷つけることなく、ホウ素を取り込ませたがん細胞だけを選択的に破壊することができるということになります。

これを先ほどの例に当てはめてみると、次のように対応します

  • テロリスト → がん細胞
  • 一般住民 → 正常細胞
  • 爆弾 → ホウ素
  • 爆弾を起爆するための特殊な電波 → 中性子線
  • 爆弾の爆発 → ホウ素がα線・Li粒子線に分裂すること
  • 爆弾の威力(=家1つしか破壊しない) → α線・Li粒子線の届く範囲(=細胞1つ分)

ホウ素(=爆弾)を何らかの方法で腫瘍細胞(=テロリスト)に届けてやれば、それに中性子線(=爆弾を起爆させるための特殊な電波)をあてることで、その腫瘍細胞1つだけ(テロリストの家1つだけ)を選択的に破壊させることができる。

これで何となくイメージはお分かりいただけたでしょうか?
これがBNCTの原理であり、BNCTは腫瘍選択的な究極の治療といえます。

BNCTの課題

BNCTの弱点は、その高い腫瘍選択性が故に、ホウ素薬剤が腫瘍細胞に入らなければ効果を得られない点にあります。また、現実のホウ素薬剤は正常細胞にも多少は取り込まれてしまうので、実際のところ副作用がゼロという訳ではありません。よって、より腫瘍に確実に取り込まれて、正常細胞には取り込まれない新しいホウ素薬剤を開発することが大きな課題です。

さらにBNCTで用いる中性子線は深いところには届かないので、表面近くの腫瘍にしか治療できない点も大きな弱点です。また、そもそも今までは十分量の中性子を得るには原子炉を使わないといけなかったのも大きな弱点でした。しかし、これに関しては最近では加速器を使って中性子を取り出すことが可能になってきており、その加速器が改良されれば深部にも届く中性子を得られるようになる可能性もあります。


それでは、BNCTは他の治療法とはどのような点で違いがあるのでしょうか?先ほどの例とも対応させながら考えていきます。

手術療法とBNCTとの比較

手術療法の特徴

手術とは、言うまでもなく腫瘍を周囲の正常組織とともに除去する治療です。先ほどの例でいうと、テロリストのいる街そのものを、一般住民とともに消し去ってしまうようなイメージでしょうか?

手術療法とBNCTとの使い分け

先ほどの説明の通り、BNCTの最大の弱点はホウ素薬剤が腫瘍に取り込まれなければ効果を発揮しないことです。小さい腫瘍であってもホウ素薬剤を確実に取り込むとは限らず、確実性は劣ります。それに対して、手術は当然副作用は大きくなりますが、腫瘍が小さければ正常組織のダメージも最小限で済み、確実に腫瘍を除去できます。確実性という点では手術が一番有利でしょう。
一方で手術で取り切れないほど大きく、周囲に浸潤している腫瘍ではBNCTも選択肢の一つでしょう。

従来の放射線治療とBNCTとの比較

従来の放射線治療(X線・粒子線)の特徴

放射線治療も手術と似たイメージで、腫瘍のある範囲に対して集中して放射線を照射します。この時、 正常組織は腫瘍よりも放射線に対するダメージから回復しやすいという特徴があるため、正常組織の受けたダメージは時間とともに回復してくるのに対して、腫瘍には回復不能なダメージを与えることができます。このため、手術よりは腫瘍選択的に破壊ができるということになります。

先ほどの例でいえば、「テロリストは急ごしらえの木造の家に住んでいるが、一般住民はコンクリート製の頑丈な家に住んでいる」として、そのテロリストのいる街ごと火炎放射器で焼き払うようなイメージでしょうか?テロリストのいる家は燃えてなくなってしまいますが、コンクリートの家はダメージは受けても残ることができます。(「中の人は死んでしまうのでは?」とか細かいことは気にしないでください…)

従来の放射線治療のうち、X線治療と粒子線治療との違い

ちなみにX線と粒子線の違いは、粒子線の方が放射線を当てる範囲をより腫瘍のある場所に集中できるということです。X線でもIMRT(強度変調放射線治療)を使えば腫瘍のある所に高線量を集中させられますが、その代わり低線量を周囲にまき散らすことになってしまいますが、粒子線では低線量のバラマキも最小限に留めることができます。臓器によっては低線量の放射線は全く問題ない場合もありますし、低線量が問題になる場合もあるので、X線が適しているか粒子線が適しているかはケースバイケースです。
また、粒子線の中での陽子線と重粒子線の違いは、重粒子線の方がより破壊力が大きい(その代わりに正常組織のダメージも大きい可能性もある)という特徴があります。どちらが適しているかもケースバイケースです。

従来の放射線治療とBNCTとの使い分け

手術の場合と同様にホウ素薬剤の取り込みの不確実性がBNCTの弱点になります。やはりこちらも小さい腫瘍ではBNCTよりの従来の放射線治療の方が有利です。
一方で、周囲に広範囲に浸潤するようなタイプの腫瘍や、臓器全体に多発する腫瘍(多発肝転移など)では、従来の放射線治療では治療が難しくBNCTが期待されます。また、一度放射線治療した後の再発では、周囲の正常組織のダメージを最小限にできるBNCTが力を発揮する分野です。
BNCTでは治療回数を少なくできるというメリットもあり、従来の放射線治療とのすみわけは今後の研究の進み具合によって大きく変わってくると思います。

薬物療法とBNCTとの比較

薬物療法(抗がん剤・分子標的薬)の特徴

※ ここでは簡単のために抗がん剤と分子標的薬治療をまとめて書いてしまいます

薬物療法は腫瘍に様々な性質を利用して、腫瘍を選択的に破壊する薬剤を全身に投与するものです。しかし、実際には「腫瘍だけが持っていて正常細胞はもっていない」という究極的なものは存在せず、「正常細胞よりもがん細胞により強く作用する」というのが現実的なところです。この正常細胞に対するダメージが副作用として現れます。また、薬剤は全身に投与されるので、がんと関係のない体の部分にも副作用は現れます。そして、そもそもがんがその薬剤に耐性をもっていれば効果は出ません。

先ほどの例でいうと、テロリストの集めている武器に毒を塗ってしまうようなイメージでしょうか?しかし、もしかしたら護身用に武器を持っている一般住民もいるかもしれませんし、その武器を配送(?)している人までも毒でダメージを受けてしまうかもしれません。あるいはその毒を塗られた武器は、テロリストのいる街以外にも出荷されてしまい、全く関係ない人まで巻き込まれるかもしれません。そもそも、その毒がテロリストに本当に効果があるのかも変わりません。

薬物療法とBNCTとの使い分け

薬物療法とBNCTとは薬剤が取り込まれないと効果を発揮しない点では似ていますが、薬物療法では薬物自体に殺細胞効果があるのでそれが全身を巡ることで全身に副作用が出てしまいます。それに対してBNCTでは薬物自体には殺細胞効果がないので、中性子を当てたところ以外には全く影響が出ません。また、薬物療法はその薬剤に耐性ができてしまうと効果がなくなりますが、BNCTの場合は薬剤が取り込まれれば確実に効果が期待できる点でも有利です。

一方でがんが全身に広がっている状態では、全身に行き届く薬物療法が適応になると思われます。

まとめ

BNCTでは、それ自体は人体にほとんど害のないホウ素と中性子(特にエネルギーの低い熱中性子)を組み合わせることによって、はじめて治療効果を発揮する点が従来の治療法とは異なり画期的な点です。

BNCT自体はまだホウ素薬剤や中性子源などで課題が多いですが、それらが解決されれば大きく飛躍する可能性を秘めた治療だと思っています。なお、BNCT研究の今までの経緯とこれからの展望については「BNCTの過去・現在・未来 – 日本が世界をリードするがん治療」 で記事にしていますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします。

ぜひ皆さんも、これからもBNCTに注目してみてくださいね。

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