実験ノートの電子化 (電子ラボノート)

生物系に限らず研究者にとってはラボノート(実験ノート)は日々の研究の記録していく上で必須のものですよね?それは医者にとってのカルテのような存在で、単にデータをまとめるだけではなく時としては研究不正をしていないことを証明するためのものにもなり得ます。小保方さんのSTAP細胞疑惑の際は、ラボノートが十分でないことから小保方さんの主張は認められなかったことからもラボノートの重要性が分かります。

日本では手書きのラボノートを使われることが多いと思いますが、個人的には今の時代に手書きは何とかならないものかと思っています。

そこで、ここではラボノートの電子化についてまとめてみました。

電子ラボノートのメリット

実験ノートの目的としては実験の記録を残していくことで、実験中や事後にその結果について検討し考察を加えることを可能にし、それをもとにして新たな方針を立てたりということを可能にすることです。

ただ、最近はライフサイエンス分野においても実験データはデジタルで得られることが多くなっていますよね?エクセル形式であったりデジタル画像であったりいろいろですが、それをわざわざ印刷して紙のノートに張り付けるのはさすがに二度手間で非効率ですよね?結局デジタルの元データも保存しておかないといけないので、わざわざ紙に出力して貼り付けていたのでは、「実験ノートを活用して実験を進める」のではなくもはや実験ノートを作ること自体が目的となってしまっていています。しかも、デジタルデータをわざわざアナログに変換していたらミスの元になってしまいます。

ライフサイエンス分野でも実験ノートを電子化できたら諸々の問題がすべて解決しそうですよね!

実験ノートの電子化にあたっての障壁

しかし、実験ノートには単なる実験の記録という以外にも、研究不正や捏造の疑惑から自身を守るための大切な証拠としての役割もあります。なお、一昔前まではアメリカの特許申請が先発明主義(最初に発明をした発明者に特許権を与える制度)だったために、発明日を証明するためにもラボノートは重要な証拠でしたが、今ではその役割は薄れています。

ラボノートが単なる記録のためなら自分の好きな形式で書けばよいだけなのですが、研究不正などの疑惑から身を守るための証拠としての側面を考えると厳格な管理が必要になってきます。実験データはほとんどが電子データで得られるのに、紙の実験ノートが重用される最大の理由はそこでしょう。

Microsoft OneNoteのようなメモアプリを使ったり、EverNoteを使ったりといろいろな方法は考えられますが、そのデータが後から改竄されたものではないという証拠としてはなかなか厳しそうですよね。例えば、OneNoteなら変更履歴を残すことはできますが、ローカルにデータを保管している限りはパソコンのシステムの時刻をいじってしまったら保存日時は好きなように変えられてしまいますからね。

あとは、紙の実験ノートのメリットは手書きのスケッチでイメージを書けることですが、これはタブレット端末とかが必要かもしれませんね…

電子ラボノートに必要な要件

電子ラボノートに必要な要件としては「網羅性,検索性,保全性,実証性」があります。もちろんこれは、医薬品メーカーが特許係争にかかわるときに必要なものなので、実際の中小の研究室レベルではここまでは必要ないかもしれませんが…

詳細はこちらに詳しく書かれていましたので、ご覧ください。

電子データの改竄などを防止するための電子記録・電子署名の管理に関する規定としてFDAが定めた21CFR11があります。電子ラボノートに必須の要件ではありませんが、これに対応していれば信頼性の高いものと考えられそうです。

実際の大学の研究室レベルで、特許係争などにかかわらないような場合は実験ノートにどこまでの厳密性を求めるかは研究室次第だと思います。

主な電子ラボノート

製薬企業や大規模研究機関向けにはBIOVIA Notebook (ダッソー・システムズ)ArxLab Notebook (ArxLab)E-WorkBook (idbs)NuGenesis ELN (Waters)などがありますが、いずれも中小の研究所や個人の手の届くものではないので、ここではもう少しお手頃なものを紹介します。

Benchling

Benchlingによるクラウド型の電子ラボノートです。BenchlingはMIT発のスタートアップですが、とても勢いがあり最近では日本における展開も考えているようです。

基本的な電子ラボノートとしての機能に加えて、分子生物学的解析ツールが充実しているのが特徴です。企業向けのプランは有料ですが、大学などのアカデミック向けや個人向けは無料で使うことができます。(料金プラン)

ちなみに個人的にも今はBenchlingを使っています。Benchlingのレビューなどについては、別の記事で書きたいと思っています。

eLabFTW

電子ラボノートのオープンソースプロジェクトです。ソースコードはGitHubに公開されておりアクティブに開発が続いていることが分かります。なお、プログラム自体は無料ですが、自前でサーバーを用意してソフトウェアをインストールして使う必要があります。(ローカル環境で実行することも可能です)

他のクラウド型のラボノートは、サービスの提供業者の意向次第で値段設定が変えられたり、急にサービス提供終了になってしまうリスクがゼロではありませんが、こちらはなんといってもオープンソースですべてを自分でコントロールできることが魅力ですね。まだ日本では知名度が低いですが、これから日本でもコミュニティが発展していければ嬉しいですね。

eLabFTWについての情報はこちらをご覧ください。

HiveBench

エルゼビアによるクラウド型の電子ラボノートです。何よりも学術雑誌で有名なエルゼビアによるラボノートという信頼感が大きいでしょう。こちらも個人向けプランは無料です。(料金プラン)

Webインターフェースに加えて、iPhoneアプリなども用意されていて、マルチプラットフォームで解析可能です。

Labfolder

ドイツのスタートアップであるLabforwardによるクラウド型の電子ラボノート(ELN)です。こちらも3人以下の少人数のチームまでは無料です。(料金プラン)

こちらはBenchlingなどと比べると実験ノートの本文レイアウトが柔軟で、手書きの図なども直接編集画面から挿入することができるようです。

こちらの電子署名ツールはFDAの21CFR11に準拠しているようです。また、LabfolderのデータにアクセスするためのREST APIも公開しているので、外部のアプリや自作のアプリからLabfolderにデータに接続することもできそうです。

終わりに

私自身は今はBenchlingを使っています。特に今は新型コロナウイルス感染症の影響でリモートワークが推奨されており、研究分野でも例外ではありません。実際に緊急事態宣言が出ているときは研究所に立ち入ることすらできなくなってしまいました。しかし、その時に紙の実験ノートであったら研究が完全にストップしてしまうところでしたが、電子ラボノートのBenchlingを使っていたので、その期間も研究を継続できて非常に良かったです。新型コロナウイルス感染症によりリモートワークになっても研究を遂行できる電子ラボノートは今こそ求められているものなのだと思いました。

そして今はBenchlingを使っていますが、やはりオープンソースプロジェクトの魅力は大きく将来的にはeLabFTWを試してみたいと思っています。

スポンサーリンク

“実験ノートの電子化 (電子ラボノート)” への2件の返信

  1. 「電子実験ノートを用いた知的財産保護の最前線 (J-STAGE)」の著者の者です。この度は引用頂き、ありがとうございます。公開から5年近く経ってもまだ参照頂けていることをうれしく思います。近々に短めですが雑誌に記事を投稿する予定です。こちらもご覧いただけたら幸いです。これからも更新楽しみにしています。

    1. 著者の方からコメント頂けて、大変恐縮です。J-STAGEの記事は大変勉強になりました。電子ラボノートについて非常に興味がありますので、雑誌の記事も大変楽しみにしております。
      どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。

富士通株式会社原田明彦 へ返信する コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)