静脈ルート確保の方法を数学的に考察する ― 理屈っぽい貴方のために(新人Dr. / Ns.向け)

皆さんはルート確保、得意ですか?ぼくは苦手です(笑)

研修医時代にはそれなりにルート確保の経験は積んできましたが、結局最後まで自信を持てないまま終わり、市中病院では看護師さんがルート確保をやってくれる病院だったので全く上達することなく、大学院に戻ってきて今に至ります。今は研究がメインですが、外勤先ではたまにルート確保を頼まれることはあり、医者である限りはルート確保からは逃れられない運命にあります。また、看護師さんにとってはルート確保がうまくできるかどうかは仕事の効率に大きくかかわってくる重大なことだと思います。

きっと新し研修医の先生や、入職したばかりの看護師さんの中にもルート確保が苦手な人がいるのではないでしょうか?そんな悩める皆さんのために、ぼくがルート確保の際に考えていることを書いてみようと思います。

ルート確保で大切なこと

ルート確保で大切なことは「血管の性状をよくアセスメントし、穿刺角度・深さの目標を定める」という1点に尽きる思っています。

もちろん、血管の選び方がすべてを決めるといっても過言ではないほど、大切であることは言うまでもありません。そして、強すぎず弱すぎない駆血でしっかり血管を怒張させることを疎かにしてはいけません。その上で、狙っている血管の深さや太さ、硬さ、逃げやすさなどをしっかりアセスメントし、穿刺アプローチの戦略を立てていきましょう。

穿刺アプローチを考える上で考慮すべきこと

穿刺角度と針が到達する深さの関係

教科書的には「静脈ルート確保のための針の穿刺角度は10-30°程度の角度で行う」のように説明されていることが多いように思いますが、この30°という角度はかなり針を立て気味にした角度で実際にこの角度で静脈ルート確保の穿刺をすることはあまりないように思います。では、実際に何度くらいを目指せばよいのでしょうか。

具体的には例えば針を5mm進めたときにどのくらいの深さに達するのかをよく把握しておき、血管のアセスメント結果と併せて実際の穿刺角度を決定しましょう。

刺入角度\(\theta\)°の時に針を\(x\)(mm)進めた時の深さ\(L\)(mm)は、三角関数を用いて次のように求めることができます。

$$L = x sin \theta$$

これを用いて例えば針を5mm進めた時の針の深さの関係を見てみましょう。

刺入角度と深さの関係
刺入角度5°:L = 5 x sin 5° = 0.44 → 針を5mm進めて、0.44mmの深さに達する
刺入角度10°:L = 5 x sin 10° = 0.87 → 針を5mm進めて、0.87mmの深さに達する
刺入角度15°:L = 5 x sin 15° = 1.29 → 針を5mm進めて、1.29mmの深さに達する
刺入角度20°:L = 5 x sin 20° = 1.71 → 針を5mm進めて、1.71mmの深さに達する

この計算結果から刺入角度が浅ければ、針を進めてもなかなか深くまで刺さらないことが分かります。つまり、刺し過ぎても血管を突き破るリスクを減らすことができます。しかし、刺入角度が浅いと血管表面で針が滑ってしまって血管に突き刺さらずに逃げられてしまったり、皮膚の刺入点と実際に血管に刺さる点のずれが大きくなるので血管に命中しなくなるリスクが高くなってしまうというトレードオフの関係になります。

穿刺の際に意識すべきこと

針を刺すときの穿刺速度は特に初心者で自信がないうちは、少しずつじわじわと進めてしまいがちですが、ゆっくり針を刺入すると痛いだけではなく、血管に逃げられてしまう原因にもなりかねません。自信をもって一定の力で穿刺した方が指先の感覚も分かりやすく、成功率は高くなると思います。

しかし、そうはいっても、初心者にとっては「血管を突き抜けてしまわないか心配」で、自信がないとためらわずに刺入することは実は一番難しいのかもしれません。そのために大切なのが先ほどのアセスメントです。あらかじめアセスメントした血管の深さと刺入角度から先ほどの関係を用いて、どのくらい針を進めればいいのかが逆算することができます。例えば、血管が0.5mmの深さにある場合は、刺入角度が5°では5mmちょっと進めれば血管に到達することになります。このようにアセスメントした通りのイメージで刺入すれば、自信をもって刺入できるようになるのではないかと思います。

穿刺角度の選択の実際

それでは、実際に穿刺する際にはどのような考え方で穿刺角度を決めていけばいいのでしょうか。突き抜けてしまうリスクを少なくするために、穿刺角度はなるべく寝かせることが基本だと思うのですが、血管に逃げられやすくなるというトレードオフもあるので、血管のアセスメントに基づいてケースバイケースで決めていく必要があります。

弾力のある太い血管

健康で若い人の弾力のある太い血管が一番ルート確保はやりやすい血管ですが、その穿刺方法がまずは基本になります。

針は寝かせ気味にして穿刺しましょう。もちろんこのような血管ではどのような角度で穿刺してもそう失敗しないかもしれませんが、あえてリスクの高い方法をとる必要はなく基本に忠実になるべきです。その際に軽く針を血管に押し付けるように力を加えてやると、弾力によって血管が図のように変形してくれるので浅い角度でも穿刺可能です。

また、実際には穿刺の際に血管が押されて変形するので、血管の深さや太さなどを正しくアセスメントして穿刺角度や穿刺する深さを決めても、必ずしもその通りで穿刺できるわけではないことも分かります。

硬い血管

しかし、実際にルート確保で苦労するのはそのような血管ではなく、高齢者や化学療法などを続けているような患者さんの硬い血管です。基本は先ほどど同様で、しっかりと血管を固定した上でまずは浅めの角度で穿刺することを考えますが、硬い血管では針を血管に押し付けることで血管が逃げてしまうかもしれません。そのような場合は気持ち深めの角度で穿刺することも有効です。

カニュレーション

穿刺してめでたく逆血が返ってきたら、針を水平に近くしてそのまま力を緩めずに針を1-2mm進めることが非常に重要です。逆血が返ってきただけでは内筒の先端が血管内に入っただけなので、この状態ではまだ外筒はカニュレーションできません。必ず十分外筒まで血管内に入れてから外筒をカニュレーションしましょう。

何となく血管内で針を進めるのは突き抜けてしまいそうで怖いですが、例えば角度を5°にすれば2mm進めても、\(2 \times \sin 5° = 0.17\)mmの深さまでしか進まないので、よっぽど細い血管でない限りはこの程度で突き抜けることはないと思われます。自信をもって内筒を進めましょう。ちなみに、血管を突き抜けるのが心配なら、針を180°回転させて内筒を進めるというテクニックもあります。

最後に

ここまで理屈っぽいことをいろいろ書きましたが、結局穿刺する角度も力加減も血管ごとにケースバイケースということになります。そして、実際には三角関数の計算をしながらルート確保ができるはずもなく、それも含めて感覚で覚えていくことになると思います。

しかし、いくら経験が大切といってもやみくもに経験するだけでは意味はなく、一回一回しっかりと血管についてアセスメントして、穿刺アプローチをしっかり考えた上でトライ&エラーを繰り返していけば必ず上達するのではないかと思います。仮にルート確保がうまくいかなかったとしても、そこから何らかの反省点を得られたのであればそれは決して失敗ではなく、次につながる大きな一歩です。そのことを忘れずに練習を繰り返しましょう。

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