BNCTの保険承認を振り返る:審査報告書をもとに【BNCT】

ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)はホウ素薬剤を腫瘍に取り込ませたうえで中性子を照射することで、腫瘍細胞内で高い破壊力を持ち飛程の極めて短い粒子線を発生させて、腫瘍を選択的に破壊することのできる治療です。長らく原子炉を用いた研究がおこなわれてきましたが、近年病院に設置する加速器を用いた治療が可能になり、2020年6月にはついに保険診療として行えるようになりました。

いよいよ実用化されてこれから発展していきそうなBNCTですが、ここではその保険承認についてPMDAの審査報告書をもとに深く掘り下げて見ていきましょう。

本記事の内容は個人の見解であり、いかなる機関を代表するものではありません。

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目次

BNCTについての審査報告書

BNCTの保険適用の条件は「薬事承認された医療機器及び医薬品を用いて、切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌の患者に対して実施した場合」で、ここでいう「薬事承認された医療機器及び医薬品」とは、住友重機械工業の加速器とステラファーマのホウ素製剤(ステボロニン®)のことです。詳細は以下をご覧ください。

ここでは特にBNCTのキードラックであるステボロニン®について、PMDAの審査報告書をもとに見ていきましょう。ちなみに、ステボロニン®がBNCTにおける現状で唯一のホウ素薬剤であることから、「ステボロニン®の審査」=「BNCTの審査」と言い換えても過言ではありません(実際にはBNCTの審査には加速器の審査も加わりますが…)。ステボロニン®についてのPMDAの情報は以下で公開されています。

この審査には次の2つの臨床試験が評価されました。

国内第1相試験:JHN001試験 (2014/3~)

「切除不能な局所再発の頭頸部扁平上皮癌患者」及び「切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部非扁平上皮癌患者」を対象とした、BNCTの安全性及び忍容性を検討することを目的とした非盲検非対照試験(目標症例数:最大 12 例)です。

使用されたホウ素製剤はステボロニン®ですが、そもそもステボロニン®は従来からBNCTで使用されているホウ素製剤のBPAを市販できる形に調製したものなので、それ自体は新しい薬剤ではないのです。そのBPAの投与方法もすでに原子炉を用いたBNCTで確立されているものがあるので、このJHN001試験はそれを加速器BNCTでしっかりと確認したという意味合いのものです。

この試験では低線量群(粘膜線量10Gy-Eq)と高線量群(粘膜線量12Gy-Eq)が設定され、高線量群で問題なかったのでそちらが選択されました。これによりステボロニン®と加速器の組み合わせでBNCTを行った際の推奨線量が決定されました。

国内第2相試験:JHN002試験 (2016/6~)

第1相試験で安全性が確認されたら、第2相試験で有効性を確認するという流れになります。このJHN002試験は「CRTまたはRT後の切除不能な局所再発の頭頸部扁平上皮癌患者」及び「切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部非扁平上皮癌患者」を対象としたBNCTの有効性及び安全性を検討することを目的とした非盲検非対照試験(目標症例数:21例)です。治療計画はJHN001試験で決定された推奨線量に基づいています。

ステボロニン®と加速器の組み合わせで行った臨床試験はJHN001とJHN002のみなので、特にJHN002試験を中心に審査は行われました。なお、JHN002試験の結果については以下で論文化されています。

この論文は放射線治療の領域ではトップレベルの「Radiotherapy and Oncology」という雑誌(放射線治療領域ではグリーンジャーナルと呼ばれている雑誌)に掲載されているもので、オープンアクセスなのでぜひ一度ご覧ください。

試験デザイン

以下を満たす患者を対象として

  • 局所検査で病理学的に確認された頭頸部の局所再発性扁平上皮がん(R-SCC)または再発・局所進行性切除不能非扁平上皮がん(R/LA-nSCC)
  • RECIST version 1.1に基づく標的病変部位に少なくとも1つの測定可能病変がある
  • 遠隔転移を示す所見はない
  • Karnofsky Performance Statusが60%以上

治療後は最初の3カ月間は30日ごとに有効性・安全性の評価が行われ、その後は3カ月ごとに2年間または中止されるまで追跡調査が行われました。その際の主要評価項目は「BNCT後90日以内の奏効率(ORR)」です。副次評価項目としてCR率や2年OS、有害事象なども評価されています。

試験結果

JHN002試験では

  • 扁平上皮癌症例:8例
  • 非扁平上皮癌症例:13例

と予定通りの症例数を集めることができ、それぞれの成績は

扁平上皮癌
(n=8)
非扁平上皮癌
(n=13)
合計
(n=21)
奏功度合い
 完全奏功(CR)4 (50%)1 (8%)5 (24%)
 部分奏功(PR)2 (25%)8 (62%)10 (48%)
 安定(SD)1 (13%)4 (31%)5 (24%)
 進行(PD)0 (0%)0 (0%)0 (0%)
 評価不能1 (13%)0 (0%)1 (5%)
奏効率(ORR)75%69%71%
病勢コントロール率(DCR)88%100%95%
2年生存率(OS)58%100%85%
Radiother Oncol. 2021 Feb;155:182-187.

となりました。これは扁平上皮癌に対しては75%の奏効率で、非扁平上皮癌に対しても69%の奏効率となり、従来から原子炉を用いたBNCTと同等の成績と言えます。

また、重篤な有害事象は頭蓋内感染が1例いましたが、こちらも許容範囲内と評価されました。

JHN001試験とJHN002試験のまとめ

上記の結果から、特に他に有効な治療法のない再発・切除不能頭頸部癌に対してBNCTは有効な治療であると認められ、保険承認されるに至りました。

ここで、特にBNCTの臨床をするにあたって重要な点について、PMDAの審査報告書からピックアップしてみましょう。

頸動脈への腫瘍浸潤が認められる患者における安全性について

通常の放射線治療では70Gyを2カ月程時間をかけてじわじわ治療していくので、動脈に浸潤している腫瘍が縮小するとともに血管が修復されていく可能性がありますが、BNCTでは基本的に1回照射なので、腫瘍が一気に縮小してしまいます。そのため、動脈に浸潤している腫瘍が一気に縮小してしまうと、血管の修復が追いつかずに穴が開いてしまい、大出血につながる可能性があります。このことは以下の論文でも報告されています。

そのリスクについてはPMDAでも指摘されており、「腫瘍が頸動脈を全周性に取り囲んでいる患者」に対するBNCTは禁忌に指定されています。

病変部位に総線量75 Gy以上の放射線照射を受けた患者における安全性について

今回のJHN002試験では前治療としての放射線治療の線量は75Gyまでとされているので、それ以上の線量を受けている場合の安全性は確認できていないということになり注意が必要です。70Gy/35fr.で線量が処方されている場合でも、実際には線量にはムラがあるので、部分的には処方線量の110%程度が照射されていることはよくあり、75Gyを超えていることは普通にあり得ることだと思います。もちろん、75Gyを超えていたら絶対できないわけではないはずですが。


以上がBNCTの保険承認のもとになった試験データになります。今後は保険診療として着実に実績を積み重ねていっていくことが期待されますね。

なお、実際の治療適応の決定は施設の方針なども関わってくるので、必ずしもここに書いた通りではない可能性もあります。また、今後新たな知見が積み重なるにしたがって、この内容は常にアップデートされていくと思われますので、最新の情報をご確認ください。

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